ATELIER OF LIGHT

光が織りなす風景

SCENE #1082

2026年10月23日

この日からブルーラインが夜間通行止めとなることと、天気もこの日しか良くなさそうだったのとで、今年最後と思って御浜まで行ってきました。

冠雪狙いだったため、鉾立を4時に出発。

賽の河原あたりまではそこまで寒くなかったため、諦めかけたが、賽の河原を過ぎて御浜小屋直前からは打って変わって霜の世界。

ただ、雲がまだ厚かったため、扇子森に到着時にはまだ山頂は雲の中。

しかし、日の出15分くらい前あたりから雲が切れ始め、日の出時間には真っ白に霜に覆われた山頂が姿を見せました。

麓では雪に見えるほどの白銀の世界で、去年稲倉に登った時と同じくらい感動した。

 

氷の鳥海山

 

SCENE #1081

扇子森

私は長い間、不思議に思っていた。なぜ、ただの一枚の静止画が人の心を揺さぶるのだろう。
写真は光の記録に過ぎない。そこには音もない。風も吹かない。匂いもない。しかしある写真は人を何十年も前の記憶へ連れ戻す。

ある時、私の星空写真を見た人がこう言った。

「私の見た星空はこれなんです」

私は驚いた。その人がどこでその星空を見たのかも知らない。何年前のことかも分からない。それなのに、その人の中では私の写真と自分の記憶が結び付いていた。

別の人はこう言った。

「昔見て感動した星空はこの色なんです」

その人は写真を評価していたのではない。自分の記憶を語っていた。

そして忘れられない言葉がある。

「深煎りコーヒーみたい」

私はその一言に唸った。深煎りのコーヒーは誰にでも好まれるわけではない。苦味がある。しかし好きな人は何度も味わう。飲み終わった後も余韻が残る。

その言葉は写真を説明していたのではない。写真によって起きた体験を語っていた。

そこで気づいた。人は写真を見ているようでいて、実は写真だけを見ているのではない。写真をきっかけにして、自分自身の人生を見ているのだ。

しかし、すべての写真が誰かの記憶を呼び起こすわけではない。ある人は私の写真を見てこう言った。

「分からない」

以前の私は、伝えたかったものが伝わらなかった。だから失敗だったのだと思っていた。しかし今は少し違う。その言葉もまた、その人自身を語っていたのだと思う。

ある人は『私の見た星空はこれなんです』と言う。
ある人は『深煎りコーヒーみたい』と言う。
そしてある人は『分からない』と言う。

私は以前、この三つを成功と失敗に分けていた。今はそう思わない。どれも同じように、その人自身の応答だからである。

考えてみれば、人は互いのことを完全には理解できない。家族であっても。友人であっても。何十年連れ添った夫婦であっても。相手の人生をすべて知ることはできない。ましてや、一枚の写真に込められた思いを完全に理解することなどできないだろう。

私たちは分からないものに囲まれて生きている。だから『分からない』という感想もまた大切なものなのだと思う。それは拒絶ではない。一つの人間の存在である。その人にはその人の風景があり、その人にはその人の記憶があり、その人にはその人の人生がある。
私の写真がそこへ届かなかったとしても、それは失敗とは限らない。むしろ、人と人との間には埋めきれない距離があることを教えてくれている。

今なら少し分かる気がする。写真が時間を超えるのではない。人間が時間を超えるのだ。写真は扉に過ぎない。その扉を開くのは見る人であり、その先に広がるのは見る人自身の記憶である。だから同じ写真を見ても人によってまったく違う世界が現れる。そこに写っているのは風景だけではない。その人の人生であり、記憶であり、喜びであり、悲しみである。

私が撮りたいのは、もしかすると風景そのものではない。星空そのものでもない。鳥海山そのものでもない。紅葉そのものでもない。

私が撮りたいのは、その風景によって揺り動かされる人の心である。

そして願わくば、一枚の写真が誰かの記憶の扉を開き、『私の見た星空はこれなんです』そう言ってもらえるような写真を撮り続けたいと思う。

写真が人をつなぐのではない。人は決して完全にはつながれない中で、それでもなお、つながろうとするのだ。私が撮っていたのは風景ではなく、人と人との間にある不完全な距離だったのかもしれない。

SCENE #1080

鳥海山・千畳ヶ原

 

9月30日、湯の台口から月山森と千畳ヶ原に行ってきた。

草紅葉はだいぶ色づいてきており、晴天だったここともあって素晴らしかった。

ところどころまだ緑が残っていたが、それはそれで移ろいをリアルに感じて綺麗だった。

ニノ滝コースの途中まで下り、T字分岐で昼食をとって寝っ転がった。

そんなこんなで、前週に引き続いて今回ものんびりしすぎて湯の台口の駐車場についたのは予定を大幅にすぎて16時だった。

帰りは鳥海山荘で温泉に入って帰宅。この日も鳥海山を満喫できて大満足。

月山森から千畳ヶ原

SCENE #1079

鳥海山ピークハント

この時期は季節的に目立った被写体が思いつかなかったので、それなら純粋に登山を楽しもうと、これまで行ったことのなかった鉾立コースにすることとした。

天気予報では日の出の時間帯から数時間、曇り。

鉾立の駐車場に5時に到着した時は雨も降っていた。

さすがに濡れたくなかったので、少し待機することとしたが、日の出時間になると、やはりいてもたってもいられなくなって出発した。

御浜までは小雨がパラつき、御浜小屋についた頃も鳥海湖は隠れていた。

もう2時間くらいすると晴れるという予報を信じて、山頂を目指した。

扇子森で休憩していたところ、庄内側が雲が消え始め、山頂方向も時折晴れ間が出た。

予報通りと安心し、一気に山頂を目指し、千蛇谷をとおって10時前に御室小屋に到着。

その頃には青空が見え始め、山頂も時折姿を現した。

シルバーウィーク中だったために、登山客が多かったので、あまり邪魔にならないように山頂に向かい、少し写真を撮ってから七高山に向かい、そのまま外輪を回って鳥海湖に向かって下山した。

かなりのんびりしたので、到着が19時とすっかり暗くなってしまったが、暗い中歩く方がむしろしっくりきてしまって、変な感じだった。

外輪から

 

SCENE #1078

釜磯月景

久しぶりに釜磯海岸で星空を撮った。

今回は新しく購入したTTArtisan 11mm f2.8がどれくらい使えるかを試したかった。

ただ、それ以前に、久しぶりの釜磯星景が綺麗で、しかも月没とともに見れたことの方が楽しくて、純粋に星空を楽しんだ。

普通、星景というと月を嫌うだろうが、自分はむしろなんとか月を入れたいという思いを持っている。

経験上、月没の30分くらい前から月と共に撮ることができると考えていたが、今回確信がもてた。

しかも、想像以上に綺麗で嬉しくなった。

自分はやっぱりこれでいい、と確信できた日だった。

釜磯月景

 

SCENE #1077

酒田の花火2026

 

数年ぶりに花火を撮った。

ほぼ思いつきだったが、普通に撮るのはつまらないと思い、夜景と一緒に撮ろうと、湯の台口駐車場の下から撮ってみた。

300mmでもちゃんと形がわかり、想像以上に楽しかった。

ここでとったのにはもう一つ理由があり、なんとか天の川と花火を一緒にとれないものかと長年考えていたことを実際に試したかったからでもあった。

この日は雲が多く、花火の最中は天の川は隠れていたが、花火が終わった後には現れてくれて、シミュレーションはすることができた。

来年に実際に挑戦するかどうかは正直わからないが、単に星空だけを撮るよりだったら、何かしら息づくものを入れたいと思っている。

 

酒田の花火2026

 

SCENE #1076

自分自身の写真に対する考えを文章にするのはとても難しい。

写真で表現しようとしても、そこまでの表現力はないし限界もある。

自分が訴えたいことと、見る側が求めているものとはほとんどの場合食い違う。

喋ることを生業としていることもあって、人に何かを伝えることの難しさを常に感じている。

少なくとも、即効性を求めることは愚かだと考えて臨んだ方が賢いと思っている。

だからこそ、なんでもやり続ける力が必要だし、変えないこと、変えること、どちらも重要。

そんなことを考えていると、評価されることよりも、どうして結果が伴わなかったか、その理由がわかることの方がよっぽど嬉しい。

庄内夜景